クリス・ウッド
Christopher Gordon Wood
トラフィックのフルート&サックス奏者クリスファー・ゴードン・ウッドは、1944年6月にバーミンガムで誕生した。幼少の頃から音楽と美術に強い関心を持っており、15歳の時に映画 "Jazz on a Summer's Day" に登場するチコ・ハミルトン・バンドのフルート演奏に感動し、フルートを独学で学びはじめた。その後クリスは美術系の学校に進学するが、音楽への情熱も捨てきれずバーミンガムのクラブでジャムセッションをしたり、ジム・キャパルディが在籍していたディープ・フィーリングに加わったりもした。
スティーヴ・ウィンウッドをクリスに紹介したのは(クリスの)妹のステファニーだった。彼女はスペンサー・デイヴィスに服やアクセサリーをデザインしていたことから、スティーヴとも面識があった。すぐに二人はジャムセッションをはじめるが、芸術家肌で考古学、地質学、野鳥観察、地図製作などさまざまな事柄に興味と知識を持っていたクリスを尊敬していたようだ。
クリスは67年にスティーヴの誘いでトラフィックに参加、74年に解散するまで全てのアルバム制作に携わった。トラフィック以外では、ジミ・ヘンドリックスの68年のニューヨークセッションや次年の "Electric Ladyland" のレコーディングに参加。スティーヴがブラインド・フェイスとして活動している期間は、デイヴ・メイスンやジムらとバンドを組んだり、ドクター・ジョンのツアーに同行している。そしてクリスの妻ジャネット・ヤコブスはドクター・ジョン・バンドのシンガーで、二人はジンジャー・ベイカーのエアフォースで共演している(70年代末に離婚、子供はいない)。
70年にトリオでトラフィックを再編した際に、クリスは英国のフォークグループ、ウォータースンズのレコードをスティーヴに紹介しており、トラッドナンバーの "John Barleycorn" を録音したが、これはトラフィックの代表曲のひとつになった。またトラフィックの73年作 "Shoot Out 〜" には、唯一のクリス単独インスト作 "Tragic Magic" が収録されている。
しかしこの頃からクリスはアルコールとドラッグの依存症に陥りはじめ、これは次第に彼の健康を害するようになった。トラフィックが正式に解散した75年頃には健康状態はかなり悪く、前年のコンサートにもその影響がすでに現れていた。それでもクリスはセッション・ミュージシャンとして活動を続けながら、バーミンガムにレコーディングスタジオを購入し、"Vulcan" というタイトルのソロアルバム制作を行っていた。しかしその出来に満足できなかったことと、健康上の問題からとうとう完成には至らなかった。82年にジャネット・ヤコブスが31歳で死亡、肝臓を悪くしていたクリスも83年7月、その後を追うようにバーミンガムの病院で息をひきとった。直接の死因は肺炎だった。
公式サイト
Chris Wood's Official Website
クリス・ウッドの公式サイト。バイオグラフィやギャラリーのほか詳細なセッションワーク・データも掲載されている。唯一のソロアルバム "Vulcan" のリリースに合わせてオープンした。



