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CO-PLAYERS | INFLUENCES

スティーヴ・ウィンウッド共演ミュージシャン

マフ・ウィンウッド

Mervyn Winwood

スティーヴ・ウィンウッドの実兄マーヴィン・ウィンウッドは、1943年6月に英国バーミンガム郊外にて誕生。マフというニックネームは、子供の頃に放送されていたBBCのテレビ番組 "Muffin the Mule" に由来しているという。ミュージシャンとしてはスペンサー・デイヴィス・グループのメンバーとしてベースを担当、"Gimme Some Lovin'" のクレジットにも名前がある。67年にスティーヴと一緒にグループを抜けると音楽業界に転身、クリス・ブラックウェル率いるアイランドレコードのA&Rの仕事に就く(最初に契約したのはトラフィックだった)。その後はダイア・ストレイツのプロデュースなどを手掛け、CBS系列の会社に移ってからも、テレンス・トレント・ダービィをはじめ多くのグループと契約している。現在では英ソニーレコードの重役を務めている。

MUFF WINWOOD

ピート・ヨーク

Pete York

スペンサー・デイヴィス・グループのドラマー、ピート・ヨークは1942年8月にイングランド北西ミドルスバラで誕生。10歳の頃からドラムに興味を示し、グループへの加入以前はエンジニアの仕事の傍ら、バーミンガムのジャズバンドなどでセッションを楽しんでいた。またグループとして活動していた66年、一時的にザ・パワーハウスというユニットが組まれたが、エリック・クラプトンやジャック・ブルース、スティーヴ・ウィンウッドらと共にピートもそのメンバーに名を連ねていた。そしてウィンウッド兄弟が抜けた67年以降も、ピートはスペンサー・デイヴィスと共にグループに留まり、84年にトリオで再結成した際にもメンバーとして復帰、ツアーを行っている。

PETE YORK

リーボップ・クワク・バー

Reebop Kwaku Baah

パーカッショニストのリーボップ・クワク・バーはアフリカのガーナで誕生。60年代に英国に移住し、その後スウェーデンに拠点を移した。70年代初頭、北欧ツアーを行っていたトラフィックに加入して、後期アルバムのほとんどでパーカッションを担当した。初ソロアルバムは72年の "Reebop" 。スウェーデンのミュージシャンに加えてトラフィックの面々も参加している。また77年作の "Trance" は、伝統的なモロッコのミュージシャンと共演した力作だ。リーボップは82年に亡くなる直前までアルバム制作に携わったが完成には至らず、遺作の "Melodies In A Jungle Mans Head" は、過去の録音を付け加えて89年にリリースされた。

REEBOP

ジム・ゴードン

Jim Gordon

ドラマーのジム・ゴードンは1945年にロサンジェルスで誕生。トラフィックのメンバーとして71年作 "The Low Spark 〜" に参加、リック・グレッチと共作した "Rock And Roll Stew" を提供している。トラフィック加入以前は、デラニー&ボニーのバンドやデレク&ザ・ドミノスに在籍、後者ではエリック・クラプトンと名曲 "Layla" を共作している。その他ジョージ・ハリスンの "All Things Must Pass" や、レオン・ラッセルの初ソロ作 "Leon Russel" などロック重要作に参加している。しかしそんな活躍の一方でゴードンは極度の精神分裂症を患っており、結婚と離婚を繰り返しドラッグ中毒にも陥っていた。さらに83年にはその影響から実の母を殺害していまい、翌年第2級殺人罪の実刑判決を受けた。

JIM GORDON

ロスコ・ジー

Rosko Gee

ロスコ・ジーはジャマイカ出身のベーシスト。アングロファンク系のバンド、ゴンザレスのベースプレイヤーを経てトラフィックに加入した。彼がベースを弾いているのは、74年のラストアルバム "When The Eagle Flies" のみだが、その後もツトム・ヤマシタのGOでスティーヴ・ウィンウッドと共演したり、ジム・キャパルディやリーボップのソロアルバムにも登場している。70年代後半にはドイツのロックバンド、CANのメンバーとしてベースを担当、また94年のトラフィック再結成で、ウッドストック・コンサートに出場した際にもベースを弾いていた。

ROSKO GEE

レミ・カバカ / アブドゥル・ラシシ・アマオ

Remi Kabaka / Abdul Lasisi Amao

パーカッショニストのレミ・カバカと、パーカッショニスト兼サックス奏者のアブドゥル・ラシシ・アマオは、共にナイジェリア出身のミュージシャン。73年にスティーヴ・ウィンウッドとサード・ワールドを結成しアルバム "Aiye-Keta" を制作している。これに先駆けてカバカは、ジンジャー・ベイカーのエアフォースに参加(スティーヴと初共演)、80年代にはラゴスで、フェラ・ランサム・クティとジャムセッションなどをしていたようだ。その後、ロサンジェルスでカバカというユニットを結成するなど、現在でも音楽活動を続けている。一方のアマオはアフリカ系バンド、オシビサの結成メンバー。オシビサはガーナ出身のテディ・オセイを中心に69年ロンドンで結成、70年代にはワールドツアーも行っている。

KABAKA/AMAO

マッスル・ショールズ・リズムセクション

Muscle Shoals Rhythm Section

米国アラバマ州のマッスル・ショールズ・サウンド・スタジオは、ジミー・ションスン (g)、デヴィッド・フッド (b)、ロジャー・ホーキンズ (dr)、バリー・ベケット (key) の4人のリズムセクション・メンバーによって1969年に設立された。同地は70年代における南部アメリカンR&Bサウンドのスポットであり、パシー・スレッジやウィルソン・ピケットが拠点としていたスタジオとしても知られ、メンバーはボブ・ディランやストーンズなど多くのミュージシャンとセッションを行っている。トラフィックも "Shoot Out 〜" で、デヴィッド・フッドとロジャー・ホーキンズを正式メンバーに迎えて制作しているほか、4人のメンバーを伴ってツアーを行い、その模様をライヴ盤 "On The Road" に記録している。またジム・キャパルディの70年代のソロアルバムでも、彼らはリズムセクションをバックアップしている。

MUSCLE SHOALS
R.HAWKINS / J.JOHNSON /
B.BECKETT / D.HOOD
(LtoR)