スペンサー・デイヴィス
Spencer Davis
スペンサー・デイヴィスは1942年7月に英国サウスウェールズのスワンシーにて誕生。学生時代はなかり優秀な生徒であると同時にアメリカのブルーズやR&Bへの感心も人一倍強く、学業の傍らバーミンガムのパブなどでギターとハーモニカを演奏しながらフォークやブルーズを歌っていた。62年に同地のゴールデンイーグルというパブでスティーヴ・ウィンウッドらと出会い、翌年にスペンサー・デイヴィス・R&Bカルテットを結成、64年にアイランドレコードと契約しスペンサー・デイヴィス・グループと改名、そのリーダーとしてプロデビューを果たした。まもなく "Keep On Running" や "Gimme Some Lovin'" などの大ヒットで一躍人気グループとなるが、67年に要のスティーヴが脱退、スペンサーはメンバーの変更を余儀なくされる。
第2期スペンサー・デイヴィス・グループのメンバーはスペンサーとピート・ヨーク(ドラムス)に、エディ・ハーディン(キーボード)とフィル・ソウヤー(ギター)を加えた4名で、映画のサントラ盤 "Here We Go Round the Mulberry Bush" を録音している。その後ソウヤーの脱退に伴い新たにレイ・フェンウィック(ギター)を加え、68年にアルバム "With Their New Face On" をリリース、この2枚からの代表曲にシングルなどを追加した編集盤が "Mulberry Bush" としてリリースされている。
スペンサーは69年にグループを解散させるとカリフォルニアに渡り新たにバンドを組んだり、プロデューサーやA&Rとして活動したり、達者な語学力(一説では6カ国語に堪能らしい)を生かして、技術翻訳などの仕事をしていたようだ。またダスティ・スプリングフィールドなどをゲストに招き、ソロアルバム "Crossfire" の制作も行っている。
84年にはスペンサー・デイヴィス・グループを再結成させてツアーを行った。"Live Together" はその中のドイツ公演を収録したもので、メンバーはドラムスにピート、ベースにコリン・ホジキンソンのトリオ。ブルーズのカヴァーのほか "Keep on Running" や "Gimme Some Lovin'" なども歌っており、オーディエンスとのお得意のドイツ語によるやりとりもある。彼らはその後もグループとしての活動を続けており、スペンサーはグレイトフル・デッドやゲイリー・USボンズ、ブルース・スプリングスティーンらのコンサートへのゲスト出演も果たしている。
93年には元アイアン・バタフライのマイク・ピネラや、元シュガーローフのジェリー・コルベッタらと、クラシック・ロック・オールスターズを結成、彼らとは約2年間活動を共にしライヴアルバムを発表している。また97年のソロアルバム "Keep on Running" では、スティーヴ在籍時のスペンサー・デイヴィス・グループのヒット曲などを、ベニー・デリンジャーやリッキー・ホルムズらをバックに再演している。
公式サイト
Spencer Davis Group.com
スペンサー・デイヴィス・グループの公式サイト。リーダーのスペンサー・デイヴィスに焦点を定めており、スティーヴが脱退した後のグループの動向などを知ることができる。



